2009年03月19日

30,000ヒット達成記念特集

ハルです、こんにちは。

今日も、昨日に続きハルの経歴を書きます。今日は、大学生の時代について書きます。大学生時代
大学は、専修大学の法学部法律学科に2浪の上どうにか入学しました。新聞配達をしながらが合格できたのですから十分満足でした。とにかくどこの大学でも良かったというのが正直な気持ちだったのです(^_^;)。ただ、今考えると非常にラッキーな結果でした。専修大学では、勉強と遊びを十分満たしてくれたからです。

1、2年生のときは、新聞配達のバイトが生活の中心でしたので、必須科目の単位を埋めるだけに出席していました。

1年生は教養課程なので、川崎市多摩区の生田校舎に通っていました。週3日は午前午後と授業がありました。ただ、単位をとるために通っていたというのが、現実でした。校舎は、丘の上にあり、通うには結構急な坂道を5分ぐらい登らなければならず、毎日がつらかった記憶だけです。

2年生も同じような生活でしたが、千代田区にある神田校舎に週2日通う授業が出てきて、少し面白さが出てきました。神田校舎は、近くにお茶の水や神田があったので遊ぶことや色々な勉強をするには非常に好都合な立地でした。また、旨いもののお店もたくさんありました。

3年生の半ばまでは、新聞配達のアルバイトをしていたので、小遣いは十分ありました。ですから、十分遊ぶことができましたし、食べることも楽しめました。本は好きだったので、神田の本屋街を授業をサボってぶらつきました。

勉強については、3年生からゼミの勉強が出てきたので、少しずつ勉強し始めました。ゼミは、刑法を中心に法律学の基礎を勉強するものでした。現在、専修大学の学長である日高義博先生のゼミです。日高先生は、専修大学でも若手のエリート教員で、36歳で教授になりました。その後司法試験委員や法制審議会委員などの公職も多く務めています。一時期ドイツのマルティン・ルター大学の客員教授も兼務していました。

こんな優秀な先生でしたので、ゼミの勉強は楽しかったです。4年生からは、本格的に法律学の勉強を始めました。この日高ゼミが、「学問とは何たるか」を悟らせてくれました。今思うと未熟で甘い勉強でしたが、一生懸命刑法を勉強しました。法律学の本をジックリ読み始めました。

ちなみにゼミ論文は、「不真正不作為犯の作為義務の一考察」という題の小論文です。「不真正不作為犯」は、日高先生の研究課題で、日高先生はこの研究でかなり学問的成果を世に出しました。私もその影響で、少し研究したのです。

ちなみに、「不真正不作為犯」とは、不注意で人を轢いて重傷を負わせた者(A)が、その被害者(B)をいったんは車に運び病院に連れて行こうとしたが、少し走って気が変わり死んでも構わないと考え道路上に放置して逃げたのです。その結果、被害者(B)はその放置により死んでしまった、という例が典型例です。この場合、Aを殺人罪に問えるか、という問題です。皆さんなら殺人罪に問いますか?

この問題は、刑法理論上は、いくつかの困難な理論的問題を含み、簡単には殺人罪に問えないのです。刑法学は、犯罪を定義し、罰を与えることを納得させる学問です。特に罰を与えることについて、厳格でなければ人の自由や命が社会生活上守られなくなります。そんな学問である為、かなりの緻密さ厳格さが要求されるのです。そうでなければ、人は簡単に犯罪者として自由や命を奪われてしまうのです。こんな難しい勉強を選択してしまいました。しかし、そのため深く思考するという訓練をしましたし、社会の仕組みの機能をじっくり考えることができました。本当に学問の奥深さを垣間見た感じです。

その後司法試験受験に向かったのは、このゼミでの勉強がきっかけです。それと法律で仕事をしたいという漠然とした欲求が出てきたためです。

この時代は、勉強もしましたが、遊びも楽しみました。次回は、その点を書きます。ハルのこだわりの面がいくつか出てきます。

AY114_L.jpg
富士山1景
posted by ハル at 08:18| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 企画案内(セミナーなど) | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック