2013年01月18日

統合医療について4(なぜいま、統合医療が必要なの?より)

ハルです、こんにちは。

今日も前々回に続き統合医療について「統合医療の考え方活かし方」小池弘人著より抜粋します。


なぜいま、統合医療が必要なの? 
それでは、なぜここまで医療が進化した現代で、非科学的ともいえる代替医療の需要が増してきているのでしょうか。そして、代替医療を取り入れた統合医療がなぜ必要になってきているのでしょうか、その必要性についてあらためて考えてみたいと思います。

 統合医療が求められる理由
医療というものが本来、「からだ」と「こころ」、そして「社会」すべてを包括した「全人的」であることが前提となる以上、本来医学の正統・代替の区別などなく、「統合」であるのが当たり前といえます。つまり、ある「正統」とされるカテゴリーの医療のみで医療が構成されること、それ自体に問題があるといわざるをえません。

一見、正統医学といわれるものは、すべて科学的検証がすんでいるように考えられますが、実際はその一部のみであり、必ずしもすべてにおいて科学的根拠があるわけではないのです。なんら疑問をもたれることなく、慣例的に行われている医療行為も少なくありません。また、医療とは本来、経験主義的なものであることからも、伝統医療を含む代替医療そのものを完全に除外することこそ、不自然といえるでしょう。統合医療の議論において問題となることは、医療それ自体が今世紀に、必然的にぶつかるべき一群の問題でもあるのです。そうした意味で、新たなる医療について考える際に、統合医療問題は避けては通れません。それゆえに、この問答は狭義の統合医療についての考察ではなく、広く新たなる医療の模索として考えていかなければならないのです。

 男性的医療と女性的医療の統合 
そもそも現代西洋医学は、近代科学の発展に伴って、その技術のみならず思想に至るまで、大きな影響を受けていることはいうまでもありません。こうしたことは、医学・医療のあらゆる場面において、「経験的」という言葉よりも「科学的」という言葉のほうが、高く評価される傾向にあることからもうかがわれます。日頃、明確に意識されることはないものの、無意識のうちに、デカルトやニュートンに始まる機械的で調和された宇宙像のもとで、絶対的に正しい(とされる)真理から出発して、さまざまな問題が解決されるという考えが、暗黙の了解となっているといえます。

 たとえば、感染症と抗生物質の関係が代表的な例です。なんらかの細菌によって引き起こされた感染症は、その原因となる細菌を特定することができれば、それに対して効果がある抗生物質を投与することで、一般的には解決することができます。こうしたモデルのもと、原因を特定し、決定的な治療(ときに「魔弾の一撃」とも称されます)が施されるのです。このモデルは医学史的には、特に細菌感染症において、実に劇的な効果をもたらしました。その結果、原因を特定(診断の重要性)し、それに抗する治療法(抗○○剤)を施すという基本構想のもと、現代西洋医学は日々、進歩を遂げているわけです。こうした力強く理論的な考えは、男女にたとえて考えると、男性的ともいえます。

 一方で、多くの代替医療は、こうした近代科学的な考え方の前提をもたないものともいえます。科学的な真理をつきつめなくても、目前の症候などのいわば「現象」に注目することで、疾病に対処しようとします。これは、何もいいかげんというわけではありません。複数の要因が絡み合っている状態では、通常、容易に原因を特定することは困難です。そこでだいたいの、推測しうる状態を仮定して、なんらかの解決策を講じるわけです。この過程はある意味、あいまいさを含んでしまいますが、さまざまな要因を包括的に扱うこともできます。こうしたあいまいさをもちつつも、包括的かつ受容的な姿勢は、女性的ともいえるでしょう。

 近年の医学の流れでは、「根拠」に基づく医療(Evidence Based Medicine:EBM)と「語り」に基づく医療(Narrative Based Medicine:NBM)の関係にも、同様の関係を見出すことができます。統計学に支えられたデータを重視する「男性的」なEBMという立場に対して、相手の「語り」を受容する「女性的」なNBM、という構図です。この両者の関係は、前述した現代西洋医療と代替医療との関係に、非常に似ています。つまり「男性的」な現代西洋医療やEBMの独走を、ある意味で制御するかのように、「女性的」な代替医療・NBMが登場してきている、とみることもできるのです。予定調和を重んじ、理論的な固さもあるコスモス(秩序)と、予測不能で、包括的かつ柔らかなカオス(混沌)の対称にもみえます。

 これを施設の問題に投影すると、現代西洋医学を主に扱う病院では、仕組みからして男性的なものの象徴ともなりうるし、逆に癒しを扱う代替医療関連の施設では、女性的なものが前面にでる傾向があるわけです。そして、そうした認識のもとに、男性的なものならびに女性的なものを統合しようというものが、統合医療の意味するところでもあるのです。つまり、従来の科学主義のみを重視したマッチョな(男性的な)医学体系のみではなく、女性的なものをあらゆる面で取り入れようとする動きを統合医療はもちます。それゆえ、フェミニズムやエコロジーとも協同する点が多いといえます。つまり男性と女性という相反する、ふたつの要素の「統合」の先に、理想の医療像を見ているのです。(以上抜粋終わり)


posted by ハル at 21:51| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハルの日常 | 更新情報をチェックする
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