2013年01月23日

統合医療について5(患者中心のオーダーメイド医療より)

ハルです、こんにちは。

この本は統合医療について医師の立場からまとめていて非常に参考になります。

患者中心のオーダーメード医療 
次に、「統合医療」というキーワードがもたらす医療像は、どのような歴史的潮流から生まれてきたものか、考えてみましょう。医学概論研究において著名な中川米造氏はその著者「学問の生命」の中で、医学の要求される課題によって、医学の時代区分を次の四つに分けています。ここでは簡略化してご紹介しましょう。

T.侍医の医学:特権階級をその生活の中で、体調の変化などを細やかに見ていくもの。伝統医学は基本的には、王侯貴族を対象にすることが多いので、この見方をしています。
U.開業医の医学:Tの対象である特権階級よりはその範囲は広がりますが、まだ不特定多数が対象とはいえないもので、TとVの中間に位置するものです。
V.病院の医学:通常の宿泊所ではなく、重病者の収容施設的病院を中心とした医学の段階。社会的費用により医療が行われ、客観的方法論により「医学」が急速に発展していく段階ともいえます。この過程の中で、「病人」から「病気」へと対象がシフトしていくとも考えられ、「病気」という共通の概念がクローズアップされていくと考えられます。
W.社会の医学:Vがさらに進展すると、環境や福祉といったより社会的な要因が強まり、社会と医学の関連へと発展していきます。

 こうした医学の流れの中で、統合医療を位置づけるとすると、最後のWの中で誕生している概念といえます。実際、統合医療の中には自然環境と関連するセラピーも多いことからも納得できますし、現代医学と比べれば大まかな方向性としては、いわゆるエコでもあります。でも、それだけなのでしょうか。
 統合医療の基本概念は、「患者中心主義」です。ここには、自分を個々の生活の流れの中でとらえてもらいたい、という人間本来の気持ちが含まれている、と考えられるのではないでしょうか。するとTの範疇に近くなってきます。つまり、Tの侍医の必要性の再来、と位置づけることもできそうです。「特権階級」という言葉こそ、なにか聞こえが悪いですが、自分の体調を細やかにみてもらいたいという希望は、まさにTにおける基本的な感情でもあります。ここにあらたな形でのTへの回帰運動が生じるのも自然な流れといえ、統合医療が求められるその底流には、こうした歴史的な背景があるようにも思われます。ただし、これはまったくの回帰ではなく、らせん状に段階を上がっているモデルとして考えなくてはいけません。TでもWでもない、新たなXとしての段階と位置づけられるのかもしれません。

 こうした流れはまた、ゲノム解析の末、遺伝子から個性を考えるオーダーメード医療が語られるようになってきた、現代医療の流れと一致するものともいえます。このことからも統合医療の流れは、一診療科目名にとどまるものではなく、医療の歴史的な流れの中でとらえるべき大きな潮流だといえます。

「いかがわしい」と感じる理由 
ここまで説明しても、まだなんとなく「いかがわしい」という印象をもつ方もいるでしょう。人間の感じ方、考え方は人それぞれです。感覚を重視して考える人もいれば、理論を重視して考える人もいます。また、その許容できる範囲も人それぞれといわざるをえません。直観による印象を優先する方もいれば、自分の眼で確認したものしか許容できない方もいるでしょう。しかし、どのような方にもなるべく理解していただくよう努めることもまた重要です。

 ここでは、なぜ一部の統合医療に対して、「いかがわしい」「非科学的だ」といった印象をもつ人たちがいるのかを考えてみましょう。

 ひとつには、統合医療を説明する側の定義の混乱があります。「代替医療=統合医療」というようなとらえ方をしている業者や専門家の解説による誤解です。もうひとつが、統合医療の本来の概念と不可分な理由によるものです。統合医療の根幹をなす概念は、現代医療と代替医療の統合された医療体系です。つまり現代医療に、代替医療のもつイメージが加わって統合医療のイメージを形成することになるわけです。

 原則的には、現代医療と代替医療のどちらにも傾くべきではありませんが、いわゆる現代医療と比較すると、統合医療は、代替医療寄りとしてとらえられます。これを色彩で説明してみましょう。つまり、「白色」=「現代医療」、「黒色」=「代替医療」(白黒の色分けに特別な意味はありません)とすると「統合医療」は「灰色」といえます。これは、「無色」の側からすれば「有色」とみなされます。しかしそれは、あくまでも「灰色」であって、すべての絵の具を混ぜた結果の「黒色」ではないわけです。「白色」(と自ら思っている)の医療従事者が統合医療という概念を受け入れがたいのは、無意識のうちのこうした事情があるように思うのです。実は現代医療の中にも、当事者の知らないうちに、たくさんの代替医療的な要素や根拠に乏しい慣例的な要素が混ざりこんでおり、とてもすべてが科学的かつ合理的とはいえない状況ですが、とりあえず「白色」(と認知している方が多いので)としておきましょう。

 ときおり「無色」の側から「有色」全体へ批判がなされることがあります。健康食品の是非が問題になるときなどです。一部のよからぬ健康食品のために「代替医療」全体が非難される場合です。この辺の事情は、薬害があったとしても「現代医療」全般が批判されないことと対照的ではあります。また、視点を軽じて代替医療のみのいわば「黒色」から見ると「灰色」の立場は「白色」に近づく、日和見的態度にも見えるわけです。つまり、統合医療は代替医療そのものではない、という見方です。この辺の事情が、統合医療という概念の誤解を生みやすいところといえるでしょう。

 また、純粋に非科学的なものを取り入れていいのか、という立場に対しては、科学論的に考えて、何をもって「科学的」「非科学的」とするかは、「科学とは何か」という問いを考えなければならず、思った以上に難しい問題です。簡単に答えられるものではありません(「線引き問題」として科学哲学の領域の大きな問題でもあります)。印象だけで、すべての代替医療を「非科学的」と糾弾するのは、むしろそのほうが問題であるとさえいえるでしょう。また、代替医療という範囲をどこまで考えるか、ということによっても違ってくるものでもあるのです。(以上抜粋終わり)


posted by ハル at 23:51| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハルの日常 | 更新情報をチェックする
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