2015年08月18日

必読の本の紹介「地方消滅と東京老化」増田寛也 河合雅司 ビジネス社A

前回に続き「地方消滅と東京老化」について紹介します。


ちょっと長いですが、「まえがき」を抜粋します。

(以下抜粋)

まえがき


昨年(二〇一四)拙著『地方消滅』(中公新書)を上梓した最大の理由は、人口減少に対する国民全体の危機感の希薄さに収斂する。

 岩手県知事時代に各地で行われる小学校の統廃合を目の当たりにした際、地域での危機感のなさを肌で感じた。盛岡市でこんなに人口が減っていいのかと私が問題提起したときも、市民のあいだに際立った反応は見られなかった。いちはやく人口減少を目の当たりにして深刻な危機感を抱いているはずの中山間にしても、同じようになかなか動こうとしなかった。

 なぜこうまで危機感に乏しいのか?
 それを裏付ける具体的なデータを当時は県が示せなかったことが大きかったのだと思う。日本全体での人口減少はわかっていても、住んでいる地域でどのようなスピードでどのくらい減っていくのかが見えないと実感がわかない。

前著の巻末に発表した「全国市区町村別の将来推計人口」に対する大いなる反響がそのことを如実にあらわしている。こうした推計も、二〇〇三年に国立社会保障・人口問題研究所が全国の市町村別の三〇年後の推計人口を発表するようになって、初めて可能となった。

それ以前は、基礎となる資料すらなかったのである。


 地方消滅。つまり、自分が生まれ育った地方の故郷がなくなることに対して、誰もが潜在的には危機感を抱いていたはずだが、本当に議論ができるようになったのはごく最近だ。

 これには大きく二つの要因があって、議論の俎上にあがる足枷となってきた。一つは、少子化対策が結婚・出産・子育てという広い分野にまたがる問題であること。一人の女性が一生に産む子どもの平均数を示す指標である「合計特殊出生率(以下、「出生率」)」が二〇〇五年に一・二六にまで落ち込んだときからその検討はスタートしたのだが、当初から迫力不足は否めなかった。少子化担当大臣が頻繁に替わったり、兼務であったりして、常に隅っこに追いやられてきた。

 この問題についてはマスコミも本当は真摯に取り組むべきだったが、少子化の危険性について声高に警鐘を鳴らしていたのは今回の対談者である産経新聞の河合雅司さんぐらいなもので、このデリケートな問題になかなか触れようとせず、結局当事者任せにしてきた。

 さらに政治家は「触らぬ神に祟りなし」とばかりに背を向ける傾向が強かった。なぜなら少子化問題やそれが最終的に行くつく地方消滅の話は国会議員にはまったく票にならないものだからだ。自治体の首長に至っては禁忌そのもの、地方がなくなるなどと口にした途端に「なんだ!」と吊るし上げられるのは目に見えている。

 もう一つは、東京一極集中だろう。それまで教育費をふんだんにかけても大学進学のとき、地方の若者の大半が東京へとなびいてしまう。岩手県知事時代、このテーマについては相当な危機感を持って取り組んできたつもりであった。

 県の教育関係者は、地元の盛岡一高をもっと強化しようと発破をかけるのだが、実際には「優秀な者は地元の岩手大学ではなくて東大へ行け」と東大に合格する人数を競っており、東京一極集中を援護射撃する格好だった。そして東大を出たら、立派な企業、できれば総合商社などに就職して海外赴任するのが岩手県人のいちばんの成功モデルであると言うわけだ。

 典型的な自己撞着なのだが、こうした傾向は全国の多くの自治体が抱え込んでいる。私は「頑張らない宣言」を表明し、すべての価値観を東京に合わせ、東京に追いつくことだけを目指して「頑張る」のを拒否しようとの県民運動を展開したが、実際には日本全体が東京一極集中を「よし」とする、東京が一等上だという価値観を奨励するようなところがある。

 前者はデリケートな問題で、行政がどこまで踏み込むかに集約されよう。後者はまさに以前議論していた国土の多極分散やふるさと創生の流れで、本来は国土政策を担う部署というよりは政府全体が立ち向かうべきテーマなのである。

 いずれにしても、これらの問題はいまの日本に通底する価値観、東京一極集中という東京の問題に集約される。おそらく多くの人は、東京はまだまだ素晴らしい世界に冠たる経済集積地で、全国から若者を吸い寄せる磁力に満ちあふれていると思い描いている。高度成長期のイメージがずっと続いている。

 本来ならば政府は、東京が抱える危険性や限界を踏まえたうえで、適切な国土形成をすべきであったし、おそらくそれが本当のふるさとの創生につながるはずであった。

 竹下登首相以降、地方復活を目指してさまざまな手を打っては頓挫したのは、東京の問題を掘り下げずに、地方のみに焦点を当てて活性化しようとしたからにほかならない。一九八八年から八九年にかけて「ふるさと創生事業」と銘打って、各市区町村に一億円ずつ配ったが、それでパタリと終わってしまった。

 いま実際に人口減少が起こっている現場は主に地方だが、それは東京のあり方と密接な関わりがあると前著で記した。

 今回の対談の目的は、第一に東京一極集中の危険性と限界を理解、再認識することにある。これは東京をいたずらに貶め、不安を煽るのではなく、地方消滅という問題と一極集中による東京の限界は現代日本を襲っている危機の裏表であり、ひいては日本消滅に通じかねない問題を孕んでいるからである。

 そして、もう一つ、本書を世に問おうと考えた大きな理由がある。前著『地方消滅』は人口減少社会の問題提起に力点を置かざるをえなかったため、その対策の方向性にまで十分言及できなかったことだ。前者を手にとって下さった多くの読者から「なにから取り組めばいいのか具体策を指し示してほしい」との声をいくつも頂戴した。

 今回の対談相手である河合さんは、長く少子化問題、高齢化問題に取り組んでこられたジャーナリストだ。少子化問題、高齢化問題、人口減少問題を多面的に取り上げ、多くの具体的解決策を提言している論客というのは、主要メディアにおいては河合さんが唯一の存在であろう。

 河合さんが提唱してこられた、高齢移住者の受け皿となるCCRC構想などは地方消滅の有効な対応策となるものである。このCCRCは、折しも、私が座長となり、河合さんが委員をつとめられる内閣官房の「日本版CCRC構想有識者会議」が構想の素案として基本コンセプトをまとめ、政府が整備に乗り出すことになった。

 いま必要なのは、ただ人口減少社会の行く末を不安がることではなく、むしろポジティブに具体的な解決策を考え、その実現に向けて一つ一つ血道に取り組んでいくことである。

 本書では地方消滅の危機に備え、あるいは打ち勝つための具体的な解決策、ヒントとなる取り組みについて提言できたと自負している。

 本書は、以前ならば開けてはならなかったパンドラの箱を開けてしまう、あるいは虎の尻尾を踏んだような結果を招くかもしれない。われわれがあえてそれに挑んだのは、そうしなければ日本が滅びてしまうからである。


日本創生会議座長  増田寛也(以上抜粋終わり)


如何ですか。淡々と書いていますが、非常に重い内容です。次回は、目次とハルのコメントを書きます。


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posted by ハル at 16:10| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | おもしろツール紹介&ハルの本棚 | 更新情報をチェックする
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